【剣道日本逆取材 後編】編集スタッフが、思い出に残っているインタビュー

2017年11月24日 • インタビュー, 編集者 • Views: 3255

取材人生の中で、印象に残るインタビューは数知れず。どのインタビューも印象に残るものであったと思いますが、今回は無理を言って印象に残っているインタビュー・写真を選んでいただきました。

剣道日本の読者は必見の内容です。



 

思い出に残っているインタビュー

鈴木智也

故・大野操一郎範士九段(国士舘大学剣道部長)

平成の始めごろだったと思いますが、朝稽古の取材をお願いし、6時からの稽古に5分ほど遅れてしまいました。道場に我々が入っていくと「こらー、遅刻だ」と大野師範から叱責が。「5分でも遅刻は遅刻だ」と。緊張しながら稽古を見届け、終わってインタビューになると、一転してにこやかな笑顔で大いに語って下さいました。リーダーとしてのケジメの付け方、そして度量の大きさに、一瞬にしてファンになりました。

 

月岡洋光

興梠舞さん(宮崎県、(株)全日本武道具センター勤務)

剣道日本2013年7月号特集「速さ、力に頼らない剣道」における興梠舞さんのインタビュー記事(「培ったのは考えるチカラ」)

お話をうかがう中で、その人の個性や持ち味が色濃く出てくると、まとめた記事の印象も深まります。思い出に残るインタビューは数え切れませんが、タイムリーなところとして、2017年9月の全日本女子剣道選手権大会で2位の成績を収めた興梠舞さんのインタビューを挙げます。出ばな技は狙わず、力やスピードは二の次と、剣道の時流とは真逆を行くような発想で、剣道を心底楽しんでいることがひしひしと伝わる内容でした。

 

大和田絹江

故・奥山麟之助範士八段

「剣日調査局リポート」2000年7月号で奥山麟之助範士八段に京都・武徳殿の話をうかがった時のこと。
調査局リポートは、ちょっと気になる剣道の話題を調査するコーナーです。この時は武徳殿にあるらしいと噂の地下通路について、最古参の奥山範士にたずねたのですが、奥山範士は気さくに話をしてくださり、さらに率先して使われなくなった通路を開け、案内までしてくださいました。年齢や段位が違っていても、その深い知識や歴史を伝えてくれる先達がいる。剣道の世界の魅力を体感したインタビューでした。



 

岡井博史

・思い出に残っている方
髙倉聖史教士七段(大分県杵築市立杵築中学校指導者)

小誌にて長く連載され、単行本化もされた人気企画「髙倉先生の剣道レッスン」。同企画の担当者の私にとって著者である髙倉聖史先生はとても印象深い人物だ。髙倉先生はもともと富来中学校(現在は閉校)の指導者として、その独創的なアイディア稽古で教え子たちを全国大会2位に導いた実績のある人物。

2006年4月、当時の赴任校であった杵築中学校に初めて向かった私を、髙倉先生は「何の実績もないこんな田舎の学校にわざわざ」と温かい笑顔で迎えてくれた。髙倉先生のその言葉は謙遜でもあり、ある意味事実でもあった。当時はかつての富来中時代のような輝かしい戦績を挙げられずにいた時期。先生としてはやはりどこかモヤモヤとした気持ちがあり、「自分で良いのか」という迷いもあったのだろうと思う。

私もまた若干の不安を抱えての初対面ではあったが、練習をひと目見た途端にそれも吹き飛んだ。とにかく練習方法が面白かった。ボールを使ったり物干し竿を振ったり、まるで剣道とは無関係でなおかつ誰にでも簡単にできる運動ばかり。それなのに生徒たちの剣道は強く、巧みで、美しかった。以降、取材を重ねる中で、いつしか自分に心の中に「この先生とこの生徒たちを勝たせたい」という思いが生まれていた。

その後の杵築中の活躍は周知の通り。連載中には悲願の全国優勝を成し遂げ、現在も日本一を目指して奮闘中だ。連載を終えて以降、顔を合わせる機会こそ減ったが、会えば気持ちはともに戦ったあの当時へと戻る。

 

 

思い出に残っている写真

 

鈴木智也

昭和31年、宮城球場(現在のKoboパーク宮城)で行なわれた第3回全日本東西対抗剣道大会の写真。

当時の新聞記事で見たのですが、2万5千人の観衆が球場を埋めて剣道大会を見守っていました。自分が生まれる少し前、たぶん自分では剣道をしない人も含めて、剣道がこれだけ多くの人の関心を集めていたというのは、現在の状況と比べて衝撃でした。

 

月岡洋光

剣道日本2004年6月号連載「剣道わが町」における島根県簸川郡大社町で撮影した「日御碕夕暮れのウミネコ」の写真(撮影日時は不明)

その土地土地で剣道がどのように息づいているか、町の特長や風物詩を切りとりながら、そこに関わる剣道家の活動を紹介してきた連載企画「剣道わが町」はカラー5ページ。とくに最初の見開き2ページにドカンと載せる一枚の写真に、カメラマンもこだわりを見せてきました。夕暮れの海は、沈んでいく太陽の動きとともに色味も雰囲気も刻々と変化していきます。

「岩場にいるウミネコが何羽か飛んでくれればアクセントになるのにな」とベテランの岩井正明カメラマン。ポジションを決め、早い時間から3、4時間粘っていると、「そろそろ陽も沈む。潮時だな」と撤収しようとしたその瞬間、岩場のウミネコが一斉に飛び立ちました。

見るも美しい光景に見惚れていると、傍らからは激しいシャッター音。お笑い芸人のようなカメラマンが初めて凄腕のスナイパーに見えたとき、現像されたポジフィルムからも、しっかりと魂の震えは伝わってきました。




 

窪田正仁(カメラマン)

平成19年(2007年)の全日本剣道選手権大会決勝で、寺本将司選手の決勝打。

現時点でこれを上回る写真はありません。竹刀がこのような状態になっているのはよくあることなのですが、よく見ると寺本選手の柄まで曲がっているのです。これに驚きました。

 

 

BUSHIZO所感

編集スタッフの方々のエピソードそれぞれにドラマがあり、情景が浮かぶようでした。素晴らしい雑誌を今後も届けていっていただきたいです。

剣道日本様の今後ますますのご発展を祈念いたします。

 

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