剣道七段・美食評論家 中村孝則さんインタビュー
中村 孝則
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称) 2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める『世界ベストレストラン50』の日本評議委員長も務める。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。(2017年5月)
美食評論家としての新しい挑戦
ー早速ですが、中村さんのお仕事について教えていただけますか?
中村さん(以下敬称略)「コラムの執筆が中心です。エッセイも書きますが、コラムニストという肩書きで雑誌に寄稿することが多いです。最近は、日経新聞にも定期的に執筆するようになりました」
ー『世界ベストレストラン50』の日本評議委員長も務めていらっしゃいますね。
中村「もともと執筆する立場でしたが、2013年に始まったNHK BS1の国際情報番組『地球テレビ エル・ムンド』でレギュラー出演をしたことがきっかけで、書く以外でもトーク・イベントや、講演の仕事も増えてきました。先ごろ、美食評論家としてインターコンチネンタル・ホテル・グループの世界配信CMの、メインパーソナリティに選ばれて出演しましたが、今後は美食評論としての依頼も増えると思います」
※「洗練~五感に心地良い体験」(主演:コラムニスト・美食評論家 中村孝則氏):
日本語版)
https://life.intercontinental.com/ja/sophistication/
英語版)
https://life.intercontinental.com/sophistication/
ー美食評論というのは、どういうジャンルなのでしょうか?
中村「評論なので文芸の範疇でしょうか。評論家として評論の体をなしているのか、表現のクオリティは求められると思いますが」
ー料理と美食の違いは何なのでしょう?
中村「最近、世界の食の業界ではガストロノミー”(gastronomy)という言葉が頻繁に使われます。直訳すると美食学のような意味ですが、美食とは皿の中の料理だけでなく、それを取り巻く文化的かつ美的な要素、例えばレシピの歴史的な背景やアート的な感覚、器やレストランの空間造形や建築、あるいはペアリングするワインやお酒類やシガーなども美食の表現に入ります。美食的な捉え方は歴史が浅いのですが、写真やクルマが誕生して150年以上を経て自動車評論や写真評論が世界的なジャンルとして成立したように、今後は美食評論も1つのジャンルとして成熟していくと考えられます。衣食住の食の部分ですから、人間の営み中でも重要なことだと思います」
ー広範な知識が必要なお仕事ですね。どうして美食評論の道へ進まれたのですか?
中村「なりゆきとしか言いようがないのですが、美食評論家足り得るかは、今後の内容次第でしょう(笑)。食べるのは好きですが、正直言ってこの業界にはあまり近づきたくなかったんです。食は専門の領域で相応の歴史もあります。評価なり評論をするにも、実際に自分で食べ歩あるかなければならず、体力的にも懐的にも大変なんです。ただ、『世界ベストレストラン50』の日本評議委員長の依頼もそうでしたが、オファーが来ておもしろそうなものは、基本的に挑戦してみる。もっと楽に稼ぐ方法はあるのでしょうが、自分が面白いと思った仕事を優先する性分のようです」
剣道は趣味ではなく、仕事でもない
ー中村さんにとって剣道とは何ですか?
中村「『剣道って趣味でしょ?』『遊びでしょ?』と言われることもありますが、趣味とは違う感覚です。仕事にはしていませんが、趣味でもなく遊びでもない。クライアントには言えませんが、仕事より剣道を優先することもありますし、昔はデートよりも優先していました(笑)。もちろん仕事も大事ですが、同じくらい真剣にやっています」
ー剣道・茶道をやられていたことで、仕事に活かせている部分はありますか?
中村「僕の仕事は人にものごとを伝えることです。考えてみれば営業も商品を通して伝えることが仕事でしょうし、エンジニアだってシステムやアイデアを通じて伝えるのが仕事でしょうが、僕の場合は文章なり言葉なりを駆使して、メッセージやイメージを相手に直接伝えるわけですが、相手の感覚や心を動かすという意味では、どこか剣道や茶道に通じるところがあるなと思います」
ー間であったりですか?
中村「間もそうですし緩急もそうですね。それは剣道や茶道の極意にも通じるのではないでしょうか。例えば、海外の人と日本の人ではコニュニケーションの時の間の取り方が違います。西洋の方は、親しい関係を示すのにハグをしたり握手をしたりします。相手を見て、臨機応変に間を使い分けると、お互いの関係や仕事も一段とスムーズになりますよね。剣道でも、子どもとやるときの間合いと、八段の先生とやるときの間合は自ずと違ってきます。最近、仕事でも剣道でも間合いの感覚はとても大事だと改めて思うようになりました」
剣道をやる意味とは?
中村「自分もそうであったように、剣道は後に役に立つことも多いから多くの子どもたちにやって欲しいと常に願っています」
ーどう役に立つか、あまり理解されていないですよね。
中村「逆説的ですが、役に立つからと勧めてもうまくいくとは限りません。多くの剣道家もそうでしょうが、結果的に役に立ったのかという感覚が正直なところではないでしょうか。茶道もそうですが、何かの役に立つという理由で初めても、長続きしないでしょう。お茶でも剣道でも、それをしている瞬間そのものが楽しめないと長続きしないし、結果的にその人の茶風なり剣風にならないと思います」
—形にとらわれすぎるのも良くないと?
中村「剣道でも茶道でも、基本の形はとても大事です。形は長年かけて洗練され最も合理的なものだからです。ただ流儀や約束事ばかりが優先してしまうと、本質からずれてしまうこともある。茶道にしても、千利休の以前には今のような流儀はなかったわけです。本来は、お相手をもてなすために、花や軸や道具類をどう設えるか、その方の好みはどうなのかを真剣に考えた。茶道は、もてなし道とも言える真剣勝負が醍醐味だと思うのです。それが流儀の好みと約束ばかり優先されれば、活きた茶にはならないでしょう。もちろん歴代の宗匠たちが考案したり磨いていった技なりを踏襲して修行するのは一番の近道だと思いますが、あるときはそれを越えていかないといけない」
ー守破離ですね。
中村「その人の茶道なり剣道なりを表現するのが目標だとすれば、基本を踏まえつつ超えるというか、目覚めという感覚は大事だと思っています」
ーその人の剣道、その人の茶道というのはどういうことですか?
中村「上島くんの剣道だったらああいう剣道だ、工藤くんだったらああいう剣道だよなと、僕たちはイメージを共有できますよね。剣風と言ってもいい。その人なりの剣風をつくりあげ、その剣風をこれからも磨いていくんだろうと、人に思わせることは大事だと思います。結果的にそれぞれの剣風を磨いて強くなれば良いいのだと思います」
ー素朴な質問ですが中村先生は、なぜ剣道を続けているのですか?
中村「好きだから、続けています」
ー僕たちも好きで楽しいから続けています。
中村「楽しいという感覚も大事ですよね。剣道をやっている時の、時間が止まっているような、あの感覚は他では体験できません。原稿に入り込んだときの感覚や、茶を点てて集中したときに分ち合える感覚もそれに近いですが、剣道のリアリティは特別です」
—そのリアリティは、どこから来るのだと思いますか?
中村「剣道は、死というものに対峙しているからでしょうね。真剣ではなく竹刀を使う疑似体験だとしても、相手を切りに、殺しにいくわけです。ある種の人間の業に向き合うわけです。同時に殺されたくない、死にたくないという恐怖とも対峙しなくてはならない。その狭間で、自分も相手も活かす境地がいわゆる“活人剣”というものなんでしょうね。僕もその境地にはまったく至っていませんが、そこを格闘技で模索するというところに、剣道のある種の芸術性を感じています。これほどにユニークな芸道は、世界でも珍しいと思います。僕は剣道こそ世界文化遺産に登録するべきだと思っています」
ー芸術性を模索するというのはどういうことでしょうか?
中村「技そのものに美しさを見出したり、“卑怯な手は使いたくない”というような精神の崇高さを求めたりするのがアート的なわけで、まさにマーシャルアーツ(武芸)とも言えると思うのです。そこに美意識を介在させる。殺す殺されることに美意識を見出すという剣道は、日本固有のユニークな文化であり、世界の人にも、この魅力の本質をもっと知って欲しいと思います。
—剣道を通じて世界の人に何を伝えるべきだと?
中村「戦争やテロが一向になくならない今日の状況で、世界の人々は平和への出口を見出せないでいる。人間には戦いたいという根本的な業があるのでしょうね。先ほどの、活人剣ではないですが、剣道は自分の殺意や恐怖に向き合いながら、究極の極意は相手も自分も活かすことです。しかも、そこに美意識も競います。こんなユニークな武芸は世界中探しても見当たりません。剣道で世界の紛争が一気に解決されるとも思いませんが、剣道は、平和への何らかのヒントや問題解決の糸口があると信じています。世界中の人が剣道をやればいいのになと、思っています。本当に(笑)」
ー殺し殺されるなかで芸術性を模索するとは、確かに日本固有の文化と言えそうですね。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
インタビュアー
◎代表取締役 上島 郷
1987年生まれ仙台出身。仙台高校剣道部時代に佐藤充伸氏に師事、インターハイベスト8。
大学卒業後、全米で200店舗展開する外食チェーン店の事業開発責任者を務める。外資インターネット広告運用企業での営業職、株式会社イノーバで営業部・社長室リーダーを経て、2017年1月にBushizo株式会社を設立。
◎取締役 工藤優介
1984年生まれ北海道出身。 立教大学法学部卒業。在学中にはフリーマガジンの創刊、アパレルブランドのマーケティング支援を携わる。2008年ヤフー株式会社へ入社。検索連動型広告・ディスプレイ広告などの広告商品の営業に従事。2017年1月にBushizo株式会社を設立。 6歳から剣道を始め現在に至る。
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