「冠バックパック」が大ヒット、ヒントは高校球児

2017年6月20日 • 剣道具・作り手のお話, 松勘 • Views: 13218

創業111年の老舗剣道メーカー「松勘工業株式会社」をご存知でしょうか。「冠」シリーズで大ヒット防具袋を開発したメーカーです。剣道、柔道、逮捕術の道具の他、野球ボールの製造でも知られています。野球ボールの生産を始めたエピソードや、新しいアイデアを生み出す力、現代表の経営論など、剣道だけに留まらないインタビューをお届けします。(2017年4月)

 

 

プロフィール

松勘工業株式会社

代表取締役社長 安藤慎吾

1974年生まれ。大学卒業後、2年の米国留学を経て㈱アシックスに入社。シューズの企画開発・マーケティングに携わる。2003年松勘工業入社。2009年代表取締役社長に就任。

 

 

剣道メーカーが野球ボールを生産?

 

—まず…剣道だけではなく、御社は野球ボールも作っていらっしゃるのですよね?

安藤慎吾社長

 

安藤「そうなんです(笑)。剣道と野球ってリンクしない方がほとんどですよね。弊社は明治40年創業と歴史が非常に長く、今年で111年目。戦前から事業を営んでいて、その歴史の中で野球と関わることになりました。弊社の硬式球は、「松」を意味する英語から『パインボール』と呼ばれています」

当時のデザインを踏襲した、レトロな野球ボール箱

 

敗戦後、職人を守るために野球事業を始める

野球ボールをつくる職人さん

 

安藤「第二次世界大戦が終わって、日本は敗戦国となりました。そのときに、GHQからの指令で武道も禁止になったんですね。このままでは会社の職人たちが露頭に迷ってしまうと思い、それを防ぐために野球用品を作ろうということになりました」

 

—職人さんを守るために始めたのですね。

安藤「そうです。当時、革はどこでも入手できたわけではありません。弊社は政府認定の特定業者になり、グローブ・野球ボールを作り始めました。現在も関東の高校硬式野球ボールの弊社のシェアは7〜8割あります」

 

—剣道をやっている方は、御社が野球ボールを作られているというイメージはないので、驚きです。現在、野球関係はボールだけを作っていらっしゃるのですか?

安藤「はい。実はNIKEの関東総代理店を行っていたこともあります。NIKEジャパンがまだ日本になかった時代ですね。またグローブ・スパイクも生産していました。20年くらい前に路線を絞り、ボールだけにしました」

剣道界に衝撃を与えたM&A

安藤「松勘工業は、三代目で会社の経営がかなり傾いてしまったんです。NIKEの販売代理店をやっていた時代で、薄利多売に負けてしまった。私の父が前社長と交友があり、父と私で個人的に松勘工業を買収しました。名前は残した友好的M&Aです」

 

—いまでこそM&Aも一般化しましたが、当時は色々と言われることも多かったのでしょうか?

安藤「当時は、M&Aという言葉が市場に出始めた言葉だったから、剣道界ではショッキングというか、色々いわれました(笑)。元々、私はアシックスに勤めていたんです。その当時、流通というものが大きく変わっていくことを感じていました。業界的にもメーカーの直営店というものは非常に毛嫌いされていて……」

剣道メーカーが直営店を持つ大きな3つの意味とは

加須 本社内にある直営店

 

—御社は直営店も3店舗お持ちですよね。店舗を出すときに、小売店の方々からご意見はありましたか?

安藤「埼玉県では他の武道具屋さんもあるのですが、地元で気持ちよく商売していくためには、地元で評価を受けないと駄目だと思い、すぐに店舗を作りました。ただその際、直営店は埼玉県のみ、インターネット販売もやりませんというのをハッキリ言いました。その上で、ご了解いただき、以来ずっとやってきています」

 

—直営店を持たないメーカーのほうが多数だと思いますが、直営店をもつメリットはありますか?

安藤「弊社が直営店をやっていく意味は大きく3つあります。まず、メーカーという以上、毎年新しいものを出していかなくてはいけません。そのためには、廃盤にしていく商品もあります。販売チャネルを小売店だけに頼っていると、廃盤にする製品の見極めが難しい。お客様と直にコミュニケーションをとることで、ニーズをいち早く察知することができます」

 

ーやらないことを決めるというのは、重要なのですね。

安藤「二点目は、情報発信をしていくということです。アンテナショップ、旗艦店みたいなものですね。最後は、情報の収集です。卸売業をやっていると、どうしても小売店さんというフィルターを通してしか情報が入ってきません。

そして、弊社が売って欲しいものを必ずしも売ってくれているわけではない。このため、情報に偏りが生まれます。なので、直接ユーザーの皆さんのご意見を聞ける場を作りたかったのです」

 

—ユーザーからの情報を直接吸収したことによって、得られた効果はありますか?

安藤「他のメーカーよりは、二歩、三歩…先を行けたかなという感覚があります。10年15年積み重ねて、現在の形ができました。工場直結型、ブローカー型など、経営の形は色々ありますけど、地に足をつけてやってこられたのは、<ユーザーニーズをつかみとる>意識が社員全体に行き渡ったのが大きいと思います」

リストラせずに今ある人材を活かしたい

安藤「営業マンに関して言うと、一般的な剣道メーカーは2人3人です。うちは15人います。数人で全国を回るのではなく、その3倍4倍の営業マンが取引先を担当しています」

 

ーそれは多いですね。

安藤「都道府県警の方々から直接お話を伺いますし、特練の方々とも交流しています。私が入社する前からこういったかたちでしたので、当然人件費がかかりますよね。経費もかかる。そういうなかで社員をリストラせずにやっていくにはどうしたらいいだろう、この体制を活かすにはどうしたらいいだろう。そういうことを真っ先に考えました」

 

ーあくまで、活かすことを考えていたのですね。

安藤「私が松勘に来た頃、社員の平均年齢が52歳くらいでした。私が入ったから人を辞めさせるとかは考えませんでした。どうやって定年まで働いてもらえるかを考えました。松勘は何物でもない。松勘が松勘である意味を考えつづけました」

薄利多売ではなく、アイデアを出して独自路線を確立

安藤「そのために考えたのは、メーカーでも独自路線を作っていこうということです。特に警察の方々との関係づくりに力をいれました。彼らに商品提供を実施して、フィードバックを受け、どんどん良いものを作っていこうと。各県警のトッププレイヤーの方々とやり取りしているメーカーはほとんどないのではないでしょうか」

 

ー独自路線をつくるには、トッププレイヤーに聞くことが近道であると。

安藤「安く仕入れて安く売るという路線ではなく、松勘というブランドイメージを活かしたかったのです。安くないけれど品質が良いというイメージを保ちながら、さらに使いやすい、個性があるというところにシフトしていきたいと考え、独自の路線が出来上がっていきました。若い人たちにも「冠」、「活人」、「閃」を通じて<松勘>の認知度が高まったのではないかと、この10年で感じています」

有名選手も愛用する閃シリーズ

営業ひとりひとりがアイデアマン

—松勘さんの商品は、強みが明確に分かりますね。

 

安藤「営業マンひとりひとりがアイデアマンになろうということは常日頃言っています。15年かけて社員も若返りました。現在、平均年齢は40歳を下回っています。点での商売ではなく、面での商売をしていこうと考えました。

『冠』や『閃』、『活人』などのシリーズをつくって、セグメント(顧客層の集団)ごとにものづくりをして攻めていこうと。 シリーズごとにファンを作っていくということです。例えば、『冠』シリーズは素材にこだわりトップ層を狙ったコンセプトです。『活人』シリーズは、夏に向けて剣道の臭いというイメージを払拭したいという気持ちから生まれました」

安藤「『閃』に関しては、「松勘」を押し出していません。松勘ネームがついてないほうが売りやすいという声もあるので…」

 

ー小売店さんを尊重することも、大事なのですね。

安藤「私たちは全てのユーザーを見られるわけでありません。たくさんのユーザーに使ってもらうためには、全国のお店の力もかりないといけない」

小売店に出荷するための検品作業

 

安藤「卸価格も手を出しやすくて、ユーザーさんも手出しやすい値段のものを作っていきたい。そこで生まれたのが閃シリーズです。まだまだ認知は低いのですが、全日本選手権に出場する選手の実に3分の1の選手が使ってくださっています」

 

ーそれはすごいですね。

安藤「ただ安いだけのメーカーはたくさんありますので、実際に使う方に喜んでもらえる商品開発をこれからも続けていきたいと思っています」

 

 

現地駐在の職人と日本の職人が品質を担保

工房の風景

 

—製品は日本と海外、両方で作っていらっしゃるのですか?

安藤「そうです。うちは自社の5名の職人たちの他に、ベトナムに工場があります。日本人社員を一名駐在員として送り込んでいます。ある程度、経費もかかります。その代わり、別注品・オリジナル商品でも短納期で間違い少なく納品することができます。また検品に関しても、ベトナム工場で検品したものをもう一度、日本で職人が再検品していますので品質の安定感があります」

検品の様子。部屋に入る光にも気を遣っている

 

安藤「手間がかかっている分、価格も高くなってしまうのですが、お客様には信頼していただくには、必要なコストだと思っています」

 

ー信頼を得るには、ある程度投資が必要なのですね。

安藤「信頼を築くには長い年月がかかります。問題が起こった時に瞬時に対応できるかどうかが生命線。悪い噂はすぐに流れますけど、いい噂はなかなか広まらないんです。だから、いい噂をできるだけ積み上げていくことが大切だと思っています」

 

 

ヒット商品を生み出す秘訣

—営業は警察の方々にもヒアリングして商品開発しているとのことでしたが、剣道を実際にやっていらっしゃるのでしょうか?

 

安藤「少ないですよ。野球が好きで入社する人もいるし、剣道も野球もやっていない人もいます。松勘は、近隣の学校授業用のジャージ体操着の販売もしています。武道と野球ボールと学用品の販売が三本柱になっています。だから、武道しか販売していないメーカーさんに比べると、うちは少し視野を広く持てるかもしれませんね 」

 

ー武道用品以外の製造をしていることで、どういった気付きがありましたか?

安藤「例えば、昨年発売した「冠」のリュック式の防具袋。昨年より今年がブレークしていています。3年くらい前の夏の甲子園大会で気づいたのですが、球児が使用するバッグがショルダー型からバックパック型になり始めたんですね。出場校の半分くらいがリュックになっていました。これ、ひょっとして武道業界でもウケるのではと思って、剣道専用バックパックを作ったんです」

大ヒットした「冠」シリーズの防具袋。

 

 

一番最初に作ったところは強い

安藤「色んな業界に言えることかもしれないのですが、一番最初に作ったところは強い。良い物、売れるものができたらすぐに真似されますが、それでも一番最初に作ったところは絶対強いです。

作っていればどんどん改善点が出てくるので、都度マイナーチェンジしています。作って売っていれば、どんどん変化を加えていける。例えば、壊れやすい部分をすぐ直すなど。後から真似して作ると後手になるんです。だから、速くやらないといけない。スピード勝負ですね」

 

—ゼロからイチをスピード感をもってつくれることが、御社の強みですね。しかも、視野が広いから色々なアイデアが出る。

雑談のなかから商品が生まれる

—営業の皆さんで集まって、商品開発会議をするのですか?

安藤「中小企業なので、そんな大それたことはないです(笑)ご飯を食べているときに、『社長そういえば…最近リュックよく見かけますよね』みたいな。商品開発会議みたいなのは一応あるけど、ほとんどは雑談のなかから生まれてきます。具現化するのは私の仕事で、アイデアは営業とのやりとりのなかでつくっていきます」

 

ーつねに、アンテナをはっていらっしゃるのですね。

安藤「私はだれよりも早く出社して、営業マンが帰社するまで会社にいます。スピード重視なので皆の話をきいて、そこで刺さるものがあればどんどんつくっていきます。月に1回の営業会議もあるのですが、半分くらいはフリートークです。そのなかで、こういうものつくったらどうかという話もでます 」

 

 

真似されてもいいから早くカタログを作る

安藤「剣道業界では、カタログは早くて3月、遅くて4月にできます。うちはとにかく早く作ることを意識しています。早くカタログを作ると、真似されやすくて不利なのですが、忙しくなる前の時期に吟味してもらいたいので早く作っています」

 

ー商品企画は、早めにしなければいけませんね。

安藤「だから、遅くとも夏くらいには商品企画を出さないといけません。このため、売りながら次に何を作るか、何が必要とされているかを考えます。防具から小さい小物も含めてです。営業ひとりひとりアイデアマンですね。自分が考えたものが商品になるので、とても楽しいと思いますよ。」

マーケットが間違っていなければ商品は売れる

—商品化の基準について伺ってよろしいでしょうか?

安藤「ものによって商品化の基準は異なりますが…マーケティングの4P(価格、製品、流通、プロモーション)が全部ないと売れない。それは基本です。私たちはそこに時間軸を加えて考えています」

 

ー詳しく教えてください。

安藤「素晴らしいものも時流にハマっていなければ売れない。売れなかった製品も、5年後に出したら売れることもある。良いものは高くても売れます。マーケットさえ間違っていなければ。剣道家も色々いますので、マーケット、セグメント、時間軸、商品のクオリティを合致させれば良いものは必ず売れます」

 

 

マーケットインとプロダクトアウトで商品を売る

安藤「マーケットインとプロダクトアウトという言葉があります。マーケットインは、お客さんの意見を吸い上げてものを作るという考え方。これは絶対売れると思うけど、おもしろくない(笑)。プロダクトアウト商品はオンリーワンになれる可能性がある。私たちメーカーが市場を作っていくのです」

 

—昔のソニーとかいまのAppleみたいなイメージですね。

安藤「まさしくそうですね。例えばジャージ道着。最初は売れると思いませんでした。だけど、これからの世の中のなかでは絶対必要だと思った。だからつくりました。プロダクトアウトは自分たちも値段も決められて、市場の第一人者になれる可能性があります。マーケットインとプロダクトアウト、どちらかに偏りすぎてもいけないということですね」

 

ー普段聞けない、剣道メーカーの貴重な経営論をきけました。本日は、ありがとうございました。

松勘工業株式会社 本社にて

今回インタビューを受けていただいた松勘工業さんの商品ページはこちら
インタビュアー

◎代表取締役 上島 郷

1987年生まれ仙台出身、剣道歴24年。仙台高校剣道部時代にインターハイベスト8。大学卒業後、全米で200店舗展開する外食チェーン店の事業開発責任者を務める。外資インターネット広告運用企業での営業職、株式会社イノーバで営業部・社長室リーダーを経て、2017年1月にBushizo株式会社を設立。

◎取締役 工藤優介

1984年生まれ北海道出身。 立教大学法学部卒業。在学中にはフリーマガジンの創刊、アパレルブランドのマーケティング支援を携わる。2008年ヤフー株式会社へ入社。検索連動型広告・ディスプレイ広告などの広告商品の営業に従事。2017年1月にBushizo株式会社を設立。 6歳から剣道を始め現在に至る。

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