カーボンシナイの「HASEGAWA」というブランドは、剣道関係者なら誰でも知っている名前だと思います。長谷川化学工業は「カーボンシナイ」、過去には「武楯面」等を製造されていました。今回は、カーボンシナイの知られざる開発ストーリーと、会長の経営論も交えてお伝えします。(2017年5月)
プロフィール
長谷川化学工業株式会社
代表取締役会長 長谷川 一 氏
代表取締役社長 長谷川 壽一 氏
変革に重きをおく、経営哲学
—創業背景を教えていただけますか。
会長「スキーの滑走面材料製造から出発しました。どんなものでも、変革が大事です。同じことを100年やっていても、会社は存在し得ません。新しい分野、新しい製品の開発が必要です」
ー多種多様な商品を開発されています。
会長「早稲田大学の先輩から、安全なシナイを作れというアドバイスがありました。最初は簡単に出来なかったけれど、諦めませんでした。努力した結果出来、その分野へいきました。経営は立ち止まってはいけません」
ー今は調理器具がメイン商品ですか?
学校給食や社員食堂で使われている、「ポリエチレン かるがる」
会長「そうですね。この商品も開発に苦労しました。カーボンシナイと同じで木を芯材にしています。理由は変形しない、軽くなるということです。食材別に使い分けを出来るようにしました」
—ピンク色は肉を切る用、というような使い分けができるということですよね?
会長「そうです。このまな板のメリットは3つあって、色分けが出来ること、軽いこと、変形しないことです。これで売り出しましたが、当時は必要性がなく、誰も相手にしてくれませんでした」
ーどのようにして、売れていったのでしょうか?
会長「学校給食でポツポツ売れはじめました。その時にO-157の食中毒事件が起きたんです。それで、厚生労働省も文部科学省も野菜・肉・魚など食材をすべて使い分けをしなさいという指導をしました。すると、学校給食は一斉に買ってくれました」
—その事件が追い風になった。
会長「そうです。包丁も、HASEGAWAのブランドだから売れました。こうして、うちの稼ぎ頭になったわけです。スキーメーカーは33社あったのが、今は2社しかありません。剣道と同じで、子どもの数がどんどん減ってきているんです」
ーまな板は、なくならないですね。
会長「家庭用ではないから、業務用で学校給食・病院・老人ホーム・保育園・レストラン・ホテル・旅館などで利用されます。今や業務用では、我が社がトップになりました」
—どういったところが成功のポイントでしたか?
会長「スキーの滑走面やカーボンシナイをつくっている知見が、存分に活かされています。この商品は、海外でも売上が伸びているんです」
—海外の調理製品展示会に行かれると、『カーボンシナイのHASEGAWAですよね』と言われることも多いそうですね。
会長「何でも創意工夫が大事です。新しいことにチャレンジしていかないといけません。一時は大変でした。千葉県東金市に工場を作り人を雇いましたが、調理製品が中々売れません。メイン事業のスキー製品も売上が減っていました。主力の業績がどんどん落ちて、調理製品は中々売れずコスト負担があるから、経営がピンチに陥ったのです」
ーどのようにして、巻き返したのでしょうか?
会長「かろうじてつぶれる前に、調理製品が伸びてくれました。新しいことにチャレンジする精神を持ち続けなくてはいけません」
カーボンシナイをつくろうと思ったワケ
—カーボンシナイをつくろうと思われた理由を教えていただけますか。
会長「先日亡くなられましたが、早稲田大学剣道部で1級上の荒木さんという方に、『子どもでも使える安全な竹刀を作れ』と言われたことがきっかけです。実際に成功したのが、15年後。
いくらやってもだめでした。諦めたり、思い出したりして、やっと出来たわけです」
黒い部分がカーボン、真ん中には芯材として木材が入っている
開発で苦労された点
—特に開発で苦労されたことはなんでしょうか?
会長「叩くと折れるところ、後は軽くしなければいけないところですね。折れないようにするために、木を芯に入れカーボンで4面を覆うと丈夫になりました。断面を四角形にしたわけです」
ー衝撃に耐えられる形状にしたのですね。
会長「ところが、シャフトの上にぽんぽんと機械で叩いてテストしたら、50~100回で折れてしまいました。木を芯にしたから50~100回はもったけれど、どうしてもそれ以上はいきません。そこで諦めかけた。
しかし、ふとしたことから木の繊維に着目したのです。ポイントは繊維の向きでした。縦になっている繊維を、すべて横向きにしたのです」
芯材の木の繊維を、横向きに変えたことで実用化に近づいた
ーひとつの、ブレイクスルーになったのですね。
会長「繊維の向きを変えただけでへこまない、そして折れません。どうしても越えられなかった機械テスト100~200回の壁が、1000回までもったんです!
結果として1500回でも割れませんでした。これなら大丈夫ということで売り出したわけです」
ーポイントは芯材の繊維の向きだったのですね。
会長「手間とコストがかかりましたが、縦ではなく横に並べました。問題は物打ちの部分です。この工程をシナイ全体にやると、コストがかかり過ぎてしまうし、全体が柔らか過ぎてしまいます」
ーカーボンシナイに似たような製品というのは、存在しないのでしょうか。
会長「カーボンシナイが出来た時は、値段が高いから他社は研究されたと思います。結局折れるという問題をどうしてもカバー出来ないんでしょうね。特許も切れているし、すぐ真似すれば良いのに誰もやりません」
ーお話を聞いただけで、再現するのが難しいことが分かります。
会長「大変な手間がかかり技術力も必要です。技術力のない会社はチャレンジしないし、技術力のある会社は剣道の市場規模(売上)では参入しないのです」
ーコスト面・技術的な問題から、御社だから実用化できた製品だということがわかりました。
公認化までの道のり
—試合でもカーボンシナイは使えますよね?
社長「大丈夫です」
会長「当時の全日本剣道連盟の武安先生が剣道連盟の会長になって、竹の竹刀のような危険なものではなく良いものが出来たと言ってくださいました。
武安先生が率先して推奨してくださって、公認されたんです。発売から2年が経っていました。科学技術庁の推薦枠で、科学技術庁長官賞と黄綬褒章をいただきました」
—剣道業界に対する貢献は大きいです。
会長「残念ながら高段者の方には、お使い頂いていないのが現状ですが、幸いに、平成24年の4月から全国の中学校で武道が必修科目となりました。
授業用として安心・安全で丈夫なカーボンシナイは多くの中学校で採用され、有難いことに現在も事故防止の観点からお使い頂いておりますことを喜んでおります」
発売当初、インチキだと言われていた
社長「発売した当初は、『プラスチックのシナイなんてインチキ。値段も高すぎる』という話になってしまいました」
会長「2万円で発売したら『あんなもの1,500円で出来る』と言った人もいらっしゃいました」
社長「プラスチックのシナイなので、安物と思われてしまうんです。何十工程を経て完成に至っておりますし、これだけの苦労と投資があって完成した製品だというのは理解されづらかったです」
会長「剣道連盟の主だった先生方が、工場見学にこられたこともあります。『2万円なんて信じられない。暴利をむさぼってるんじゃないか』ということですね。でも工場をご覧になって、『これは儲からない』と仰っていました(笑)」
—手間がかかりすぎているからでしょうか。
会長「『こんなに手間をかけて作っているとは思ってもみなかった、これは儲からない』ということですね」
ー最後に、今後の展望について教えてください。
社長「いろいろな事業の製品を展開しているからこそ、他の剣道メーカーさんとは一味違った製品を作っていけると思います。これからも、弊社の技術力を活かして剣道業界に寄与できればと考えています」
ーカーボンシナイは御社だからこそ実現できた製品であることがわかりました。本日は、ありがとうございました。
今回インタビューを受けていただいた長谷川化学工業さんの商品ページはこちら!
インタビュアー
◎代表取締役 上島 郷
1987年生まれ仙台出身。仙台高校剣道部時代に佐藤充伸氏に師事、インターハイベスト8。
大学卒業後、全米で200店舗展開する外食チェーン店の事業開発責任者を務める。外資インターネット広告運用企業での営業職、株式会社イノーバで営業部・社長室リーダーを経て、2017年1月にBushizo株式会社を設立。
◎取締役 工藤優介
1984年生まれ北海道出身。 立教大学法学部卒業。在学中にはフリーマガジンの創刊、アパレルブランドのマーケティング支援を携わる。2008年ヤフー株式会社へ入社。検索連動型広告・ディスプレイ広告などの広告商品の営業に従事。2017年1月にBushizo株式会社を設立。 6歳から剣道を始め現在に至る。