伝説の選手として憧れを抱く方も多い鍋山隆弘先生。選手としての華々しい戦績だけではなく、監督としても素晴らしい実績を残されています。そんな鍋山先生が海外での剣道指導にも携わっていらっしゃることをご存じでしょうか?
今回のインタビューでは、海外での剣道の普及や剣道に対する想いについてインタビューさせていただきました。
プロフィール
鍋山隆弘(なべやま たかひろ)先生
福岡県福岡市出身。大阪PL学園での玉竜旗優勝、インターハイで個人・団体の2冠。筑波大学時代、全日本学生の団体戦を2度制す。卒業後、全日本選手権においてベスト8。2度の世界大会出場。現在は筑波大学大学院准教授、筑波大学剣道部監督。監督として全日本団体4回の優勝。今年の関東学生剣道優勝大会において優勝に導いたことは記憶に新しい。復興支援活動や海外での剣道普及活動にも携わる。
オランダでの剣道指導
—オランダ指導に携わることになったきっかけを教えてください。
鍋山「20年位前から指導にいっています。
恵土孝吉先生が40年ほど前に1年間オランダに滞在したことが始まりです。その後、飯島章先生がオランダでご指導をされてきました。
私にもお声がけいただき、お手伝いするようになった次第です」
ー飯島先生も長く指導にあたっておられるのでしょうか?
鍋山「飯島先生は40年近く指導されているのではないでしょうか。
飯島先生は中京大学出身ということで、恵土孝吉先生とご縁があったようです」
ーどれぐらいの頻度でオランダに行かれているのでしょうか?
鍋山「指導は年に1回です。オランダ剣道連盟主催の『サマーセミナー』 が催されますので、その都度行っています」
ーサマーセミナーには、どれくらい人が集まるのですか?
鍋山「参加者は120名位。3日間講習しています。最終日には昇段審査も開催されます。
参加者は増加傾向ですね。
参加者が増えているということは、参加者の方々がなんらかの価値を感じているということだと思いますので、ポジティブな指標として捉えています。
私の中で大事にしているのは『来年もお願いします』と言われるかどうか。
1回1回が真剣勝負なので、評価されるように指導にあたっています。
申し込みすれば、国を問わず講習を受けることができます。興味を持たれましたら是非参加してください。
来年は8月の開催予定です。
海外での具体的な指導内容
ー具体的な指導内容を教えていただけますか?
鍋山「1番大事なことは、参加者がなにを求めているか。それを聞いてから具体的に説明するようにします。
海外では、大人から剣道を始める方々が多いです。仕事で結果をだしていらっしゃる優秀な方々がたくさんいます。
そのような方々ですから、日本人に比べて理解度・考え方が劣るということはまずありません」
ー海外の方々は、どういったことを知りたいと思われるのでしょうか?
鍋山「体の動かし方ですよね。理論としては、知っておられることが多いです。
素振りのやり方ひとつとっても理論は知っているけれど、稽古量が足りなかったりして実践できないようです」
ーこちらの基準で指導をしないということですね。
鍋山「基本からやってもらうのは、簡単です。
しかし指導できる日数は短い。基本からやってもらったら、あっという間に指導期間が終わってしまいます。
3日間という状況の中で、なにを知りたいのか事前にヒアリングします。
求められていることを提供するのが、私のスタンスです。
もちろん日々答えられるように、準備が必要です」
ーロジカル(論理的)な方が多そうなイメージです。
鍋山「そうですね。指導対象者が異なると、指導方法は異なります。大学生と小学生で考えてみましょう。
小学生は頭脳が発達段階なので、体で覚えていくことが大事。大学生は頭脳で理解させることが大事。
私のポリシーとして、擬音語をつかわないようにしています」
ーそれは剣道の指導者としては、珍しいかもしれませんね。
鍋山「『グッと攻めて、パンと打て』というような指導はしません。これがなかなか難しい。
自分が剣道をしているときの重心の配分、関節の曲げ方などを言語化する癖をつけなければいけません。
擬音語が悪いということではないですけどね」
ー海外の方の技量は異なりますか?
鍋山「剣道に対するモチベーションが違うということもあるのでね。
日本の心を勉強したいという人もいれば、スポーツとして剣道を捉えている人もいますし、それは様々です。
おしなべて言えることは、みなさん礼儀・文化に対して興味をもっているということです」
ー特に気をつけていることはありますか?
鍋山「海外の方の考え方を否定したくないですし、こちらの考え方を強制したくないのです。
海外の歴史を尊重しています。
例えば素振りです。日本ですと、号令者が素振りの回数を発声し、号令者以外が面と発声することが多いですよね。
海外では、みんなで『イチ、ニ、サン』と掛け声をかけたいようです。
日本語で発声するのが気に入っているみたいですよ(笑)」
海外の剣道普及
ー今年はアメリカにも行かれるのですよね?
鍋山「去年も行ったのですが、ありがたいことに今年もご依頼いただきました。
アメリカ代表のクリス・ヤングさんが筑波大学に1年間留学していたのです。
弟のデニーさんも留学していました。そのご縁でご依頼いただいています。
彼はトヨタ自動車の弁護士をしていますが、独特の感覚をもった素晴らしい人物ですね。
6月は香港に行ってきました。年末は妻も同行しバンコクにいきますよ」
ー海外とのコネクションは意識的につくられたのですか?
鍋山「そんなことはないですよ。指導は1回1回真剣勝負と思ってやっているので、そのスタンスを評価いただいたのかもしれません」
ー今後、東南アジアやヨーロッパの国が日本、韓国、アメリカと互角の勝負ができるようになるにはどのようなことが必要だと思われますか?
鍋山「やはり、環境づくりでしょうね。
日本の警察は毎日稽古します。そこまで稽古している国は限られているでしょう。
剣道で生活が成り立っていく国は韓国を除けばほぼ皆無ではないでしょうか」
ー剣道で生活が成り立っていく国はほぼないでしょうね。
鍋山「アメリカは世界大会前に、仕事を辞めて臨んだりします。『勝ってやるぞ』という気迫がすごい。
技術ではなく、ハートが素晴らしい。台湾開催の世界大会の時、日本代表はアメリカに負けました。
私はその世界大会前に、アメリカ代表と稽古しましたが、はっきり言って彼らは日本代表に勝つだけの力はなかった。
しかし、彼らは日本代表に勝利しました。技量を越えたハートの勝利だったと思います」
ーアメリカは鬼気迫るものがありましたね。アメリカは剣道の環境が整っているのでしょうか?
鍋山「代表選手の取り組みかたが変わってきているように思います。
クリス・ヤングさんは世界大会前は警視庁に1ヶ月くらい通われたりするようです」
ーヨーロッパの剣道に対して、どのような印象を持たれていますか?
鍋山「フランスは剣道人口が多いという印象があります。その分センスがある人が、チームにいると思いますね。
ハンガリーは阿部さんという国際武道大学から筑波の大学院出身の方が指導されています。
鍛えられていて、綺麗な剣道しています」
ー東南アジアの剣道にはどのような印象を持たれていますか?
鍋山「東南アジアは、まだ加盟していない国も多いですよね。
タイは日本企業の駐在が多いので、駐在期間中指導にあたられていたりします」
海外剣士の方に対するメッセージ
ー海外剣士の方々に対して、メッセージをお願いします。
鍋山「集中して剣道に取り組むことが大事だと思っています。
筑波大学に剣道留学する外国人の方は多いですが、集中的に剣道に取り組むことで目を見張るような成長をします。
日本で受け入れる環境があるような場所を探して、剣道に没頭してみてほしいですね。
日本にきて、美味しいものを食べて、剣道をしていってほしい。
日本は地震が多くて危ないというイメージがありますが、本当に安全です。
ぜひ一度日本に来て、日本の剣士と剣を交えてほしいですね」