栄光武道具は平成4年川口市に創業した武道具メーカーです。ご尊父が興された会社を、現在はご兄弟で経営されていらっしゃいます。今回は、初公開となる自社工場のお話をお伺いできました。数々のヒット商品を生み出されてきた革命者(イノベーター)、栄光武道具をご紹介します。(2017年5月)
プロフィール
栄光武道具株式会社
専務取締役 間所義明 氏
栄光武道具のルーツ
ー栄光武道具のこれまでの歴史を教えてください。
専務「約25年前の平成4年に父が創業しております。父はもともと剣道をしていませんでしたが、私達息子が剣道をやっていて、保護者として関わるうちに剣道を好きになり父自身も剣道を始めました」
—それが商売になるにはどういったきっかけがあったのでしょうか?
専務「剣道具を買いに行った際に値段が高いと率直に感じていたようです。そこで良いものを今より安く売ることで剣道をやる人が増えるのではないかと考えたようです」
—もともと剣道用品製作のご経験はなかったのですよね?
専務「はい。現在社長の兄が高校まで剣道を続けていたのですが、大学進学せずにボクシングの道を選びました。そのタイミングで父は脱サラをして武道具店の道を選んだのです。全く知識もなく剣道の経験が浅い人間が武道具店を始めるというのは無謀ですよね(笑)」
※社長は日本ランキングで1位の成績を残した
ー創業当時はやはり苦労されていたのでしょうか?
専務「当時、剣道の防具は剣道雑誌などの広告を見て買ったり、地元の先生からご紹介いただいたりして買うのが一般的でした。現在はインターネットという便利なツールがありますが、当時は父なりの人脈をたどって営業していたようです。うちは相場よりも値段を安くして売り出したので、業界としても新しいスタイルだったと思います」
ーお客様には喜んでいただけたでしょうね。
専務「それはそうだと思います。同業者からのイメージは分かりませんが、当時の父にはそれが最良の選択肢だったんだと思います。お客様との関係を第一に考えたのでしょう。単に安く売るということではなく、良いものを良心的な価格で売るというコンセプトは今に繋がっています。」
ー専務はいつ頃経営にご参画されたのでしょうか?
専務「すでに兄は働いていましたが、私が働きだしたのは大学を卒業した直後の22歳からです。入社当時から販売や商品開発には携わっていましたが、経営に大きく関わってきたのは父が引退し兄が代表となった8年前からです」
ー創業時はどこの店舗から始まったのですか?
専務「埼玉県川口市で創業しました。約10年間川口店一店舗で営業した後、父の地元でもある上野に2店舗目をオープンさせました。その後、本社機能と配送センターとして埼玉県越谷市にも事業所を作りましたが、今はここが本社兼「越谷店」・「修理センター」となっております。また創業時の川口店は現在大宮駅前店として営業しています」
経営陣・スタッフ自身が剣道家である武道具店
ー先日の2017年度七段審査会でのご昇段、おめでとうございます。
専務「ありがとうございます」
ー社長も7段で国体や都道府県対抗に出場された経験をお持ちと伺っております。社員の方々が実際に剣道をされていることで、商品開発に役立ったり、ユーザーさんにメリットがあったりするでしょうか?
専務「もちろんあります。個人的にはお客さまに使用感を聞かれる事が多いので、商品を使わないで商品を語ることは難しいと思います。『この防具はどういう特徴があるのですか?』と言われても、仕様は言えますが使いやすさはお答えできません。そうすると、金額で選んでもらうことになってしまいます。
私達は剣道も剣道具も好きですので、実際使って良いものを取り揃えています。防具に限らず道着・袴も、着心地を考慮したり、竹刀袋や防具袋も使った上で選んでいるので、お客さんに感覚が近いと思います。お客さんと同じ目線で話せることが、1番のメリットだと思います。
私自身も地元道場で剣道の指導をしており、様々な年代の剣士たちのニーズや悩みも理解できますし、またご父兄からの貴重な意見なども自然と入ってきます」
ー他のメーカーさんは特練の選手や剣道をやっている方に話を聞き、悩んでいるところから商品開発をしているようですね。
専務「もちろん私達もそういった方々と、同じ剣道仲間としても話をしています。
例えばそのような方々からの防具に対する悩みや希望などを聞きますが、どのように変えればそれを改善できるのか、というところまでいくのはなかなか難しいと思います。単純に使いやすさだけを求めるのはある程度簡単だと思います、芯材を少なくしたり、軽くしたり…。でもその結果、安全性を保てなくなってしまっては防具としては有りえません。
防具はあくまで守ることが前提です。重さそのものよりも身体にフィットさせれば軽く感じます。さらには防具を着けた方がパフォーマンスが上がる事が理想ですし、それが元々私のコンセプトです」
重さは重要ではない
専務「昔、全国的に有名な三枝弘熙という職人さんがいたのですが、その人の防具を見た時に何て重い防具なんだろうと思いました。50年前ぐらいの防具で面金も重く、いわゆる重い防具でした。
名人の防具ですし仕事を見るととても素晴らしく、ただただ感心しておりましたが、それだけではなく実際着けてみたら全く重く感じないのです。その時にバランスの大事さを改めて感じました。
私は芯材を少なくして軽くしたり柔らかくしたりするのはあまり好きではありません。多少はお客さんの要望にお応えしていますが、芯材を少なくすれば柔らかくなるのは当たり前ですので、物作りから逃げた感じがします。それを防具屋さんがやってはいけないと思います」
ー竹刀のバランスは節の位置や太さで変わると思いますが、防具のバランスとは何でしょうか?
専務「頭の重さは体の中でかなりの比率です。面をかぶった際に布団が軽いと面金が重くて重心は前に行きます。ですので、面金と布団のバランスが大切です。軽い面金に軽い布団はバランスが良いですが強度がありません。
剣道は生涯競技と言われていますが、これでは首をやられたり難聴になったりする可能性があります。軽量防具と言われる防具で剣道を続けていった時の事を考えると心配になります」
—実用性を兼ね備えた安全なものを提供したいということですね。
専務「そうですね。甲手打ちの強さは人それぞれ違いますが、私が剣道をやっている以上、この甲手で打たれた時は痛かったなとか、この甲手は痛くないなというのが単純に分かるので形に出来ますし意見が製品に反映されるのも早いです。社員も剣道をしている者が多いのでなおさらです」
剣道具製造の工場について
—現在、栄光武道具さんの剣道具はどちらで製造されているのですか?
専務「もちろんメーカーさんから取り寄せる物もあり、その先には中国やベトナム製などもあります。しかし、弊社のオリジナルブランドは主にフィリピンで製造しております。この工場の前身にあたる工場を作ったのは日本で長年修行した有名な職人さんでした。
私たちも今から二十年ほど前にその職人さんと出会い、お取引きが始まりました。その当時、どこの国内メーカーも1番良い防具はそこの防具と言うくらい看板にしていました。それほどにずば抜けた技術力でした」
ー前身の工場という事でしたが、どういった事ですか?
専務「当時、常に生産が追いつかず、納期が遅れるという悩みを各社が持っていました。しかし、もともと他工場よりも製造過程が多かった上に、非常に丁寧な仕事をされていたためどうしても時間がかかっていました。
それでも高い技術を持つ工場ですので、いくつかのメーカーは納期をある程度待ってくれていたようです。しかし、莫大な注文数に対応していくためにスタッフを増やすしていくしかない状況の中で、中国・ベトナムの工場との価格競争を巻き込まれて経営の不振に至りました」
—経営が危うくなってきたと。
専務「私達としては心配しておりましたが実際に倒産してしまいました。年末・年始セールを控え商品の準備を進めていた私たちにはまさに青天の霹靂です。
もちろんセールに対しての心配もありましたが、何よりもその工場の持っている高い技術と職人がこのまま失われてしまうのではないかという方が強かったです。
工場長を中心に職人のみなさんが残っているという事ですぐにうちの社長が現地に赴き、工場長と共に協力し新工場が出来ました。
この時は現地のみなさんの苦労も相当でしたが、私たちも工場の状況と国が国だけに本当に大変でした笑」
ードラマみたいなお話ですね。従業員の方々との絆も相当ですね。
専務「あの方達がいなければ僕達は成り立ちません。駆けつけた当時は当然笑顔もなく、空気も重く、新しい工場を作ったと言ってもみなさん不安を抱えていたようです。
それを解消するためには自分達が工場に行き続けるしかないと思い、私と社長とで毎月のように行き、仕事面はもちろんクリスマスパーティーに参加したりカレーを作ったりして交流を深めていくうちに皆さんの表情も変わっていったように感じます。もちろん工場長を始め工員の努力があってこそだと思います」
—経営陣以外の方々も工場には行かれるのでしょうか?
専務「うちの社員もどのような人がどのような仕事をしているのかしっかりと理解するため交代で行っていますので、防具を作ってくれている人のことを思いながら販売しています。
工場の職人たちはそこまでやらなくても良いのにというぐらい手を抜かない方々です。日本以外の場所で製造しているというと怪訝な顔をされる方もいますが、それは間違いです。技術力もありますし、真面目な方々ですので、胸を張って売ろうというのは弊社全員一致しています」
—全社一丸となって、信頼性の高い商品を販売されているのですね。
蜻蛉シリーズの開発
—蜻蛉シリーズやBAK剣道具、TONBOの防具袋や防具、BAKだとアンダーウェアがありますが、ラインナップごとのコンセプトやどういう風に作られたのかを教えてください。
専務「うちは凝った造りの防具も作れますし、技術力が高いのが周知の事実でしたが、使いやすさにはもう一歩と思っていました。
そこで蜻蛉をつくり始めました。当時は派手な防具が流行っていましたが、それとは別に使いやすい甲手を製造している武道具店を見て、これからは使いやすい甲手があるお店が強くなると思っていました。たぶん派手な防具の時代はそろそろ終わるかなと。
しかし、甲手は立体的な造りで複雑なので簡単にはいかないと思い、自分が持っている甲手から商品から色々な甲手をばらしまくりました笑」
—甲手をばらしたんですか?
専務「型を作ると、こういうものになるのかとすこしずつ分かっていきました。最近も小手の職人さんと話しますが、職人でもないのに小手の型紙なんて作れないでしょうと言われます。ですが私は型紙から作り始めました。こういう型ならこうなるのではないかと想像し、何回もイメージして型紙を工場に送りました。
ファーストサンプルは決して満足のいくものではありませんでしたが、ヒントは沢山ありました。出来上がりの感じや、縫い代があるからここは広いほうがいいなど改善点が分かったのです。そして、それを何回か繰り返し、使いやすい小手はこれだというのがある程度出来ました」
—どういったところが難しかったですか?
専務「例えば甲手を小さくしようとすると、いくつかパターンがあります。中の毛を多くする、手の内のサイズを変える、外側の頭を小さくするなど・・・どこをいじればどう変わるかが、パーツが多く難しかったです。
Aの甲手は手の内を小さくする、Bの甲手は毛だけを多くする、Cの甲手は頭だけを大きくする、Dの甲手は手の内と毛というように、組み合わていくと方程式が見えてくるのです。そして出来上がったのが蜻蛉です。うちで作った1番初めの使いやすい防具が蜻蛉だと思います」
ーとにかく使いやすい甲手を作ろうというところがコンセプトだったんですね。
専務「そうですね。そこからスタートして布団にもこだわりました。布団は皆さんあまり気にしていないと思いますがとても大事です。布団も芯材や形を勉強し、布団自体も良いものができました。この布団が出来るなら、面や垂も作ってみようということでセットになりました」
—甲手の製造で得た知見の応用なんですね。
専務「結果的にセットとして販売したのが10年程前です。コンセプトは『高強度かつ使いやすい!けれど軽量ではない』という謳い文句でした。
皆さん『は?』という感じでしたが、先程話したように、フィットさせることで軽く感じさせました。バランスですね。動きを妨げずストレスなくスムーズに動ける防具です。
今販売している防具袋・竹刀袋があるのですがそれも使いやすい=蜻蛉!なので「TONBO」としました。」
—なるほど。すごく分かりやすいです
専務「蜻蛉シリーズも沢山ありそれぞれ特徴がありますが、コンセプトは変わりません。さきほどの防具袋に関しても私自身、型はおこしていませんが試行錯誤を重ねました。使用場面を考えた時に、こういう形だったら?こうすれば使いやすいのでは?ということを考え、突き詰めていきました」
BAKシリーズの開発
—BAKシリーズはどういった開発経緯だったのでしょうか。
専務「BAKシリーズは、アンダーウェアから始まりました」
—どれぐらい前ですか?
専務「6~7年前です。そもそもうちの社長が、高校の先輩であり関東学院大学の准教授、剣道日本代表のトレーニングコーチでもある髙橋健太郎氏へ、アンダーウェアを作りたいと相談しに行ったのが始まりです。剣道は下に何かを着る発想がありませんでしたが、怪我を考えた時、もっとサポートするものが進化しても良いのでは?ということで相談をしに行ったのです。
その先輩が賛同してくれ製造する運びになりました。怪我を防止するため、剣道と他のスポーツで何が違うのか考えました」
ー剣道をやっている方の筋肉というのは、どのように発達しているのでしょうか?
専務「剣道をやっている人の筋肉は左のふくらはぎ、右のふとももが発達しているという他の競技にはあまりない特徴的な発達をしています。ですので、BAKは左右非対称のサポーターなんです。剣道の動きに必要な箇所にパワーネットを使用し補強することで、動きがスムーズに出来るようなサポーターを作りました。上着は背中にX字のようなパワーネットが入り、構えた時にすっと自然に胸が張れるような形になっています。それにより、背筋が張る疲れを軽減させる効果があります。
また、その箇所をサポートすればケガもしにくくなるという事になります。髙橋先輩の考え方はケガをしない選手は強い・疲れない選手は強いと言っていました」
—疲れない・ケガをしないと強い?
専務「同じパフォーマンスをし続ける選手が強い、つまり疲れにくくする=強くなるということです。相手は疲れても自分が疲れなければ力に差が出てくるという事です。またケガをしたらその分休養が必要になります、その休養を埋めるためにはとても時間がかかります、そのためケガをしないことはとても重要であるという事です。
その重要性を髙橋先輩が多くの剣道家に話してくれました。そうしたところ多くの方々から安心感があり翌日に疲れが残らないと絶賛してくれたのです。
バイオメカニクスという運動生理学を基に作っている商品がBAKです。BAKの防具もそうですが髙橋先輩と一緒に作った商品がBoost Ability For Kendo BAKです」
差がでるのは甲手
—話が戻って恐縮ですが、使いやすい甲手製品を持っている武道具店が今後強いとおっしゃられていましたが、それは何故甲手なのかお聞きしたいです。
専務「絶対的に使いやすさに差が出るのが、甲手です。陸上選手で言えばスパイクです。ですから甲手の研究から始めたのですが、もちろん防具すべての研究をしています。
その中で今個人的に非常に興味を持っているのが垂なんです。みなさん垂に関してはそれほど関心を持たれることはないかもしれません。しかし、垂を研究していくうちに色々と興味が湧いてきたんです。
垂の研究をしていてサンプルを作っていますが、そのサンプルの垂を着けるとすごく力が入ります。まるで誰かに腰を支えてもらっているような感覚です」
—腰に力が入るということですか?
専務「そうです。例えば八百屋さんや魚屋さんなどの立ち仕事の人は、昔から前掛けをしていますよね。僕達も疲れた時、こうやってやるじゃないですか。あの状態が楽だからしているんです。ということは前掛けをすることによって長時間立っていることが可能になっているということです。
BAK防具の垂にもその重要性は取り入れて作りましたが、さらに研究しています。整骨院の先生に相談し、骨の仕組みやどうしたら理想的な垂が出来るか聞いて今取り組んでいます。垂にもそれだけの効果があるため、非常に重要な剣道具だということです」
—正直、垂は普段、あまり気にしていませんでした。
専務「垂は皆さんが違うとすぐ分かるくらいのことをしなければと思います。違うと思われないようではだめですね。手は敏感ですし関節も沢山あります、竹刀を直接的に操作す点で分かりやすいので甲手は他の武道具店も力を入れているのだと思います」
—なるほど、期待感が高まります。最後にメッセージとして伝えたいことがあれば教えてください。
専務「剣道は性別も年齢も関係なくできるため、様々なご要望があると思います。その幅広い全てのお客さまに対応できるのが弊社の特徴だと思います。人によって良いものの定義は異なると思いますが、私たちは物作りのポリシーを持ちつつ、その人の良いに対して柔軟に対応していく事のできる会社でありたいと思っています。」
—なるほど。良く分かりました。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。
専務「こちらこそありがとうございました」
今回インタビューを受けていただいた栄光武道具さんの商品ページはこちら!
インタビュアー
◎代表取締役 上島 郷
1987年生まれ仙台出身。仙台高校剣道部時代に佐藤充伸氏に師事、インターハイベスト8。
大学卒業後、全米で200店舗展開する外食チェーン店の事業開発責任者を務める。外資インターネット広告運用企業での営業職、株式会社イノーバで営業部・社長室リーダーを経て、2017年1月にBushizo株式会社を設立。
◎取締役 工藤優介