あの夏へ還る【第15回】(著/岩井圭也)

2021年12月4日 • お役立ち記事, 剣道小説 • Views: 874

「クニ、緒方先生知らない?」

国浜は翔の呼びかけに応じて、首をひねった。いつも通り、顔には微笑みが張り付いている。本人いわく意図的に笑顔を浮かべているわけではないらしい。「そういう顔のつくりなんだよ」というのが国浜の言い分だった。

「知らんなあ。どっか別んとこで試合見てるんちゃう?」

国浜の口調には関西弁が染みついている。故郷の岐阜に帰省するたび、家族から「別人みたい」と気味悪がられるのだという。国浜はすぐに視線をコート上に戻した。進行中の団体戦は中堅で、白の選手が小手をとった直後だった。

開会式から数えて三日目、団体戦を直前に控えていた。予選リーグでは三校が総当たりで試合を行い、最も勝利数の多い一校のみが決勝トーナメントへ進出する。今は妙法学園以外の二校がぶつかる初戦の最中だった。二校とも名のある強豪で、侮れない相手だ。先に他の二校同士が試合をしてくれるのは幸運だった。相手チームのオーダーや、選手の戦いぶりを観察できる。

試合がはじまった頃はすぐ横に立っていた緒方先生が、いつの間にか姿を消していた。あと十分もすれば自分たちの試合がはじまるというのに、先生はいない。

「トイレでも行ってるんちゃう?」

国浜は呑気に構えている。白の選手が一本を守りきり、中堅戦が終わった。白の方が勝者ひとり分リードした状況で、副将戦がはじまった。妙法学園の先鋒と次鋒は、次戦に備えて既に防具を着け終えている。

副将戦も白の選手が一本勝ちで終わった。これで白の勝利が決まりだ。周囲を見回したが、まだ先生は戻ってこない。大将戦が終わろうかという頃、ようやく姿を見せた。

「何かご用事でも」

滅多に緒方先生には質問をしないが、安堵した拍子につい口を突いて出てしまった。監督にも関わらず、試合直前まで姿を消していたことを責める気持ちもあった。

先生は悪びれる様子もなく、「取材を受けてて遅れた」と答えた。

これは普通の試合じゃないんですよ。先生にとっても、特別な試合のはずじゃないですか。言い募りたい気持ちを抑え、防具を抱え上げた。

大将戦が終わったと同時に、妙法学園の選手は一列になってコートへ入る。五名の選手が一列に並ぶ。大将である自分は最も審判から遠い位置にいた。相手チームとコート上で対峙する。眼前には、糸のような細目の選手が立っていた。

「礼」

糸目の相手へ礼をしつつ、緒方先生の言い分について考えていた。試合直前だというのに取材を受けるのは、教え子を軽視しすぎではないか。監督は試合中、選手に声をかけることも許されない。試合前の時間は選手のケアに専念するべきでは……

先鋒戦がはじまった。こちらの先鋒は二年生だが、既に実力では上級生と肩を並べている。インターハイ後の主将は彼に違いない。同級生とも常々そう話している。

妙法学園剣道部では、部員は高校三年のインターハイ後に行われる夏合宿での引退が慣例だった。稽古前後の整列では、いつもは三年が最前列に並び、その後ろの列に二年、一年が続く。しかし合宿最終日には新主将をはじめとする二年生が最前列に並び、三年は一年の後ろ、最後列に正座する。そしてその場で初めて、緒方先生から次期主将が指名されるのだ。部員の選挙で主将が決まる中学とは違い、高校の主将は監督指名で決まる。

先鋒の背中に結びつけられた赤いたすきを見ながら、去年の夏を思い出していた。

 

インターハイ大阪府予選男子個人戦に出場できるのは、各校二名までと決められている。妙法学園では毎年、全部員の総当たり戦によって代表者二名を決定していた。昨夏の総当たり戦では一位石坂、二位国浜だった。三年生がいる頃から、団体戦でも大将石坂、副将国浜が定位置だ。

二年生の府大会で、国浜は惜しくも準決勝で敗れた。その後の決勝で国浜に勝利した選手を下して自分が優勝した。インターハイ本戦に出場できるのは、優勝者と準優勝者の二名だけだ。

本戦に進んでからも勢いは衰えなかった。上級生を下し、気がつけばベスト4まで勝ち進んでいた。他にはふたりの三年生と藤波が勝ち進んでいた。準決勝まで二年生二名が残ったことで、鹿児島の菊池の活躍もあり、大会後の雑誌には「二年生旋風巻き起こる」と書かれた。

準決勝では返し胴で一本をもぎ取り、決勝へ駒を進めた。一方、藤波と三年生の試合は長引いた。延長が十分、二十分と続き、次第に観客席もざわめきはじめた。決勝戦に備えてストレッチをしながら、観客の大半が藤波を応援していることに気づいた。観客たちは、二年生が上級生を撃破し、二年生同士の決勝戦が行われることを望んでいるのだろう。選手に特別な思い入れがない観客は、いつだってドラマチックな方の展開を期待する。

戦うふたりは、疲労から徐々に足取りが遅くなっていた。三十分が経過した頃、藤波が飛びこみ面を打った。竹刀は綺麗に相手の面を捉えた。一本になるかな、と思ったが、旗を上げた審判はひとりだけだった。

その直後、藤波が振り返ったところに、相手がすかさず面を打ちこんだ。残っている体力を振り絞り、全力で跳んだように見えた。捨て身の打突は藤波の面を叩き、強烈な打突音が響いた。旗が三本上がる。長い延長戦の末、藤波の敗退が決した場面だった。

その瞬間、観客席からはっきり聞きとれるほどのブーイングが上がった。それも藤波の高校だけでなく、他校の選手や保護者からも上がっている。そんな光景を目の当たりにするのは初めてだった。すぐに大会運営委員のひとりが観客席に走り、ブーイングを咎めた。不満を主張する声はすぐに止んだが、異様な雰囲気が会場に残った。

その時初めて、藤波という選手のスター性を思い知った。確かに藤波の面は一本になってもおかしくなかった。あれが一本になっていれば、結果は逆だった。しかし審判の判断が最優先される剣道では、そんな判定は日常茶飯事に過ぎない。それにも関わらず異例のブーイングが起こるほど、観客は藤波に肩入れしていた。それは単に、二年生だから、という理由だけでは説明できそうになかった。

決勝では、藤波に勝利した選手を圧倒して二本勝ちを収めた。相手は疲労していたが、それよりも試合自体に委縮していた。準決勝でのブーイングが影響しているのは明らかだった。万全な状態であればわからないが、弱っている相手に打ち勝つことは難しくない。

閉会式で首に金メダルをかけられながら、優勝者となったことをどこか他人事のように感じていた。インターハイ個人優勝。それは、高校生剣士最強という肩書きとほぼ同義だった。それなのに、自分が最強だという実感がまるでない。横目で銅メダルを下げている藤波を見た。藤波の眼には、悔しさも喜びもなかった。

閉会式後、何人かの記者に囲まれた。緒方先生が近寄る記者たちを制しつつ、「質問は順番に」と言った。無数の取材を受けてきた先生は、マネージャーとしての手腕も発揮してくれた。当の自分は記者たちの顔を見ながら、まるで芸能人の記者会見だ、と思っていた。

記者のひとりが得意げに発言した。

「『剣道界』の者ですが、優勝した感想をお聞かせください」

お定まりの質問だ。答えを考えながら、記者の背後にいる人影を見た。遠くから、藤波幸太がこちらを見ていた。お前、優勝したつもりかよ。そう言われているような気がした。

考えていた答えを変更した。

「喜びはありません」

記者の表情が凍りつく。

「来年は藤波くんに勝って、もう一度優勝したいと思います」

記者たちがざわつきはじめた。別の記者が横から質問をした。

「それは、藤波くんに勝たなければ優勝する意味がないということですか?」

「順番に」

緒方先生が不作法な記者を叱りつけ、更に耳打ちしてきた。

「おい、どういうことだ」

「すいません。自分でもよくわからなくて」

実際なぜそんなことを言ったのか、わかっていなかった。トーナメントを勝ち進んで頂点に立ったのは間違いないはずなのに、藤波に勝たなければ最強と言ってはいけない気がした。

その後の質問にはすべて、緒方先生が答えた。インタビュー後も先生に発言の意図を問い詰められたが、ただ「すいません」と謝るしかなかった。後日、別の取材で「すべての選手がライバルであり、藤波くんだけを特別視しているわけではありません」と訂正したが、一部の剣道関係者はまだ納得していない。決勝の相手校の監督は緒方先生の後輩だったが、インターハイ後は交流が途絶えてしまったらしい。

その噂を聞き、すぐに謝罪した。

「口は災いの元だな」

先生は怒ることもなく、慰めてくれた。

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